FC2ブログ

2009年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年02月

≫ EDIT

命の尊さ訴えて 人間主義に徹する公明議員

命の尊さ訴えて 人間主義に徹する公明議員
公明新聞:2010年1月1日
15年前の、あの日を忘れない
大阪・豊中市 中島 紳一議員
阪神・淡路大震災当時に勤めていた兵庫県芦屋市立精道小学校で、同校教員らと語り合う中島議員(右から3人目)
小学校で「震災語り継ぎ」
防災対策の充実へ政策実現に奔走
 「人道の先進国」をめざして新たな前進を開始した公明党は、3000人を超す議員全員が人間主義に徹している。その中から、命の尊さを胸に奮闘する地方議員を紹介する。
 「生きたくても生きられなかった人が大勢いる。だからこそ、みんなは命を大切にしてください」――大阪府豊中市議会公明党の中島紳一議員の切々とした声が教室に響いた。
 教室があるのは、兵庫県芦屋市立精道小学校。同校は、6000人以上の尊い命が失われた阪神・淡路大震災の教訓を次の世代へ伝えようと、2004年から「震災語り継ぎ」を実施。同校の教員だった中島議員は、毎年講師として参加しているのだ。
 この「震災語り継ぎ」は、6年生の総合学習として行われているもの。実際に震災を経験した講師から、震災当時の状況、災害の怖さ、震災で培った助け合いの心、命の大切さなどを学ぶ。その内容をグループに分かれてまとめた上で、授業を受けた6年生の手によって「震災を語り継ぐ会」として、後輩の5年生へ伝えられている。
 1995年1月17日早朝。豊中市にある中島議員の自宅を、今まで経験したことのない激しい揺れが襲った。児童の安否確認のためバイクで学校に向かう途中、目に飛び込んできた壮絶な光景。現地では、泊まり込みで同校に避難していた被災者の救援に奔走した。
 当時、5年生の担任をしていた中島議員だが、思うように児童の状況が把握できず、不安な日々が続く。
 「何としても生きていてくれ」。そう祈る中、数日してクラスの児童全員の無事を確認。「思わず涙が流れた。本当にうれしかった」と当時の心境を振り返る。しかし、別のクラスの児童8人が震災の犠牲に。「また遊ぼうねと言って別れた子どもの笑顔に二度と会えなくなる。こんなに悲しいことはなかった」と語る。
 語り継ぎでは、震災直後の写真を通して当時の状況を説明。悲惨な姿を目の当たりにした児童は言葉を失い、写真にくぎ付けとなっていた。震災を契機にはぐくまれたボランティアについても、その大切さを伝えた。
 03年、議員に初当選してからは、議会などを通じ震災対策を一貫して推進。災害時における避難所の運営方法や、地域の特徴を踏まえた防災マニュアルの作成などに全力で取り組んできた。
 震災から15年――。「当時の記憶をたどるのは、本当につらい。それだけに、絶望的な状況から復興に向けて立ち上がった被災者の強い思いを残し、伝え、生かしたいのです」と中島議員。決意は固い。

公明新聞に取材していただきました。これからも全力で頑張ります。

スポンサーサイト



| 新聞 | 10時49分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

いちばん近くで動く、働く。

いちばん近くで動く、働く。
公明新聞:2010年1月1日

新ビジョン 「人道の先進国」日本へ
就職活動中の学生たちの声に真剣に耳を傾ける山口代表(中央)と浜四津敏子代表代行(右から2人目)、谷あい正明青年委員長(右端) 東京・渋谷区

| 新聞 | 10時43分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2009年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年02月