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ヒロシマ被爆65年の夏 核兵器のない世界へ〈上〉公明新聞:2010年8月10日付

ヒロシマ被爆65年の夏 核兵器のない世界へ〈上〉公明新聞:2010年8月10日付

新聞

式典には原爆を投下した米国のルース駐日大使が初めて参列した=6日 広島市国連総長、米大使が初参列
平和記念式典 核廃絶の潮流加速を象徴
8・6「原爆の日」
ヒロシマは6日、被爆から65年の「原爆の日」を迎えた。今年の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)は国連の潘基文事務総長、原爆を投下した米国のルース駐日大使が初めて参列し、核廃絶に向けた潮流の加速を国内外に印象付ける式典となった。核廃絶への機運が高まる「ヒロシマ被爆65年の夏」を追う。


「ここ平和記念公園には、一つのともしびが灯っています。核兵器が一つ残らずなくなるまで消えることのない炎です」

潘事務総長は平和記念式典に参列した5万5000人を前に語った。

「広島の炎を消しましょう。その炎を希望の光へと変えようではありませんか」

事務総長の「グラウンド・ゼロ(爆心地)からグローバル・ゼロ(大量破壊兵器のない世界)を目指す」という強いメッセージはヒロシマの青い空に染み渡った。

潘事務総長は、国連のトップとして核軍縮、核不拡散を最優先課題に掲げ、08年に核兵器禁止条約の実現を含む「5項目提案」を発表。一貫して核廃絶の先導役を果たしてきた。今回、広島訪問に強い意欲を示し、現職の国連事務総長として初めて式典に参列した。

事務総長の参列について、広島県原爆被害者団体協議会の坪井直理事長は、「国連に思いが通じたと思うと、大変うれしい。核廃絶に向けて一緒に頑張りましょう」とエールを送る。ブラジル被爆者平和協会の盆子原国彦副会長も、「世界の方が核兵器廃絶について前向きに考えられるようになるのではないか」と高く評価する。

一方、注目を集めたのは原爆を投下した米国のジョン・ルース駐日大使の初参列。「一番に謝罪があってしかるべし」(盆子原副会長)、「核廃絶への大きな希望の曙光」(細川浩史さん 82歳)など、被爆者の反応は複雑だ。ルース大使は「未来の世代のために、私たちは核兵器のない世界の実現を目指し、今後も協力していかなければならない」との談話を残し式典を後にした。

ルース大使訪問の背景には、米国オバマ政権の核政策の転換がある。オバマ大統領は09年4月、チェコ・プラハで「米国は核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」と演説し、「核兵器のない世界」の追求を明言した。

これに先立って、米国内では、シュルツ、キッシンジャーら元政府高官4氏が核政策の見直しを主張(07年、08年)。元高官らは核抑止の考えが米ソ冷戦の終了で時代遅れになっており、核兵器の抑止メリットよりも保有リスクの方が大きくなっていると指摘。非国家のテロリスト集団が核兵器を手にする可能性や、イランや北朝鮮など核兵器保有国が増える危険性に警鐘を鳴らしていた。

しかし、「核兵器のない世界」に至る道は険しい。オバマ政権が米議会に提出した11年度の核兵器関連予算は、前年度より6億ドルもの増額要求だった。核兵器数は徐々に減らすが、核抑止力は維持しなければならないというジレンマに政権は直面している。

広島市立大学広島平和研究所の水本和実教授は「オバマ大統領の『私の生きている間には(核兵器なき世界は)実現できないかもしれない』『核は手放さない』は、リアルな現実だ。(国際社会が)オバマ氏のイニシアチブをどう支えていくかが大事」と話す。

オバマ大統領のプラハ演説は「核兵器のない世界」への転換を求める市民社会に大きなインパクトを与えた。核廃絶の流れは「核兵器禁止条約」構想へと、大きなうねりとなっていく。
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