FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

診断基準に本格着手へ公明新聞:2010年9月24日付

診断基準に本格着手へ公明新聞:2010年9月24日付

新聞

脳脊髄液減少症への理解を求め講演する中井氏=19日 都内脳脊髄液減少症 治療への保険適用に弾み
公明、チーム力で後押し
患者団体と“二人三脚”で
事故や転倒などが原因で脳脊髄液が漏れ、さまざまな症状を引き起こす「脳脊髄液減少症」について、診断基準の作成をめざす国の研究班に報告された症例数が、このほど100例を超えた。研究班は今後、基準作成に向けた作業に本格的に乗り出す方針で、治療への保険適用にも弾みがつくと期待される。ここに至るには患者団体と公明党の“二人三脚”の取り組みがあった。
新聞

同症の治療に有効とされるのが、脳や脊髄を覆う硬膜の外側に自身の血液を注入する「ブラッドパッチ療法」。現在は保険適用外で、入院費を含め10万~30万円ほど掛かり、患者は高額な治療費に悩まされてきた。しかし、研究班に届いた症例が100例を超えたことで、保険適用の前提となる診断基準の作成が本格化する。

NPO法人「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」の中井宏代表理事は、基準作成について「公平な目で患者の声を聞き、正しい診断基準ができることを期待したい」と評価するが、ここに至る道のりは決して平たんではなかった。

「協会を立ち上げて8年、一日たりとも休まず走り抜いてきた」

19日に都内で行われたセミナーで、中井氏はこれまでの歩みをこう振り返った。

1989年、事故で頭部を強打し、体に変調をきたした中井氏。それから11年、神奈川県平塚市の平塚共済病院に勤務していた篠永正道医師(当時)によって、従来の医学的概念を覆す疾病が発見された。それが「脳脊髄液減少症」だった。

篠永医師による検査の結果、中井氏も大量の髄液が漏れていることが判明。中井氏は02年8月、同症で苦しむ患者・家族を支援するため、「鞭打ち症患者支援協会」を設立。07年7月に現在の名称に改めた。

協会の活動は、“無理解の壁”との闘いでもあった。

「何らかの衝撃で髄液が漏れることなどあり得ない」。医学界からも否定的な見解が相次いだ。患者数は推定で数十万人。だが病名の認知度は低く、専門医や医療機関も少ない。これまでに1000件以上の治療を手掛けてきた山王病院(東京・港区)の高橋浩一医師は、「患者が症状を訴えても、仮病扱いされたり、精神疾患として抗うつ剤を処方されることもあった」と指摘する。

そこで協会は、都道府県議会で同症の治療推進を求める意見書の可決をめざす「ブルーベルト運動」などを展開。各地の公明議員も後押しし、03年12月の千葉県議会を皮切りに、07年12月には、47都道府県議会すべてで意見書が採択された。

これに公明党の国会議員も呼応。患者団体の声に耳を傾け、政府への申し入れも仲介した。脳神経外科医でもある渡辺孝男参院議員は06年3月の参院予算委員会で、治療推進と保険適用の実現を強く迫った。

さらに06年4月、他党に先駆けて党内に「脳脊髄液減少症対策ワーキングチーム」(座長=渡辺氏)を設置。07年6月には、当時、文部科学副大臣だった池坊保子衆院議員の指示で、全国の都道府県教育委員会に対し、同症で苦しむ子どもたちへ適切な対応を求める事務連絡も出された。

公明党の取り組みを見続けてきた中井氏は、こう証言する。

「渡辺氏の質問で国が動き始め、07年の公的研究班の発足につながった。公明党の国会議員、地方議員のチーム力を見せ付けられた思いだ」

関連記事

| 新聞 | 16時52分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















非公開コメント

http://nakajimanews.blog96.fc2.com/tb.php/1310-635f4bbb

PREV | PAGE-SELECT | NEXT